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おさかなマスク作りは瞑想の時間

おさかなマスクと瞑想

マスク不足に不安を感じ、
全くミシンを使えない私が
無謀にもマスク作りに手を出したのが
2020年4月13日。

あれから一ヶ月以上が経ちましたが、
大きな変化がありました。

その前にまず
マスク作りを始めた頃の日記を遡ってみます。

ヘタレ日記・マスク作り導入編

”意を決してミシンを出してきたものの
針が折れ押さえはなくなっていて見つからず
断念。無理”

”諦めきれず再度ミシンを出し、
上糸すらセットできずに断念。
泣きたい”

”ぽんこつ。
ミシンが。いやいや自分が”

グーグルカレンダーを利用した「1行日記」には
当時の様子がM1を目指す女芸人張りに・・・
いやいや、悲壮な心の内が赤裸々に綴られていました。

さて、
この日記から読み取れることがありますね。

それは
「異常なまでにしつこい」
ということです。

往生際が悪い
執念深い
もはやストーカー
ぽんこつ

我ながらそんな言葉が浮かんできます。

でも今回ばかりは本当に
この自分でもしつこいと思う性格が
良い方向に向かった気がします。

しつこい性格が今回ばかりはよい方向に

最初は
「吐き気がするからミシンに向かいたくない」
と思っていて、
普段はやらないような服の整理とか、
棚の片付けなんかを始めて
「これ(片付け)があるからできないのは仕方ない」
とかなんとか自分に言い聞かせて
ミシンから逃げまくっていました。

でもあの頃はまだ
世の中にマスクの供給が全く追いついておらず、
いつマスクが手に入るか全くわからない状況だったため、
やりたくなくてもやらなければいけない状況でした。

体や脳が全力でミシンを拒否していたけれど、
そんなことは言っていられない状況下で、
嫌々ミシンの前に座る毎日。

不思議なもので、
嫌なことでも毎日やっていると
最初の頃の強い拒否反応はなくなってきて、
何とか家族に洗い替えできる枚数を作り
送ることができるようになった頃には、
「ミシンって楽しい」
と思えるまでになっていました。

そのうち
だんだんとマスクが出回るようになり、
出先で偶然買えた
適正価格の使い捨てマスクも手に入り、
ひと先ずしばらくはマスクの心配はいらないかな、
という所まで来ました。

そうなると、
もう私が作ったつたないマスクは必要なくなります。

それなのに、
マスク作りがやめられないのです。

当初なんとか手に入れた、
手ぬぐいやランチョンマットなどの布を使い切り、
突如襲ってきた寂しい気持ち。

最初はその気持ちの理由が何だかわからなかったのですが、
今ははっきりとわかるようになりました。

それは、「瞑想」です。

最初の苦手意識がだんだん薄れ、
ミシンの扱い方やマスク作りの手順に慣れた頃から、
マスク作りは私の癒しになっていたようなのです。

瞑想に関しては
これまでも何度も挑戦してきたり
本を読んだりCDを購入したりと、
瞑想ができるようになりたいと思ってきました。

でもどうしてもうまくできず、
瞑想をすることにストレスを感じてしまい、
諦めていたのです。

それが意外な方法で
深く瞑想状態を得られることがわかりました。

私にとって、
それがマスク作りだったのです。

そうなると、
少しでも時間があるとマスク作りをするようになり、
今では
「誰が使うの、これ?」
というほどの量のマスクが山積みに。

それでも
先が見えない不安を抱えて過ごす今の、
唯一の心の安定がマスク作りなのです。

あー、
タイムマシンがあるならば
4月13日の私に言ってあげたい

ポンコツにはポンコツなりの未来があるよ、
と。

瞑想といえば、
もう一つ思い出したことが。

それはまた次の機会にでも。

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