「頑張る」ではなく「寄り添う」。更年期が私に教えてくれたこと|60代になった私が今振り返って思うこと

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更年期と寄り添って暮らす

更年期という言葉を聞くと、少し身構えてしまう人もいるかもしれません。

私も長い間、更年期の波に揺られてきました。

でも、更年期として一般的によく知られている症状が私にはなく、自分の不調が何かわかるまで、ずいぶん時間がかかりました。

今思えば、更年期を超えてきた人がそばにいれば、もっと早く楽になれたのかもしれません。

気分の落ち込みや不安感、自分を責めてしまうこと等、知っていさえしたらそこまで自分を責めないで済んだのに、そう苦しく思い返すこともあります。

せめて、避けることのできない体の変化であるなら、無理に戦うのではなく寄り添いながら暮らしていきたい。

更年期を超えてきたからこそわかる、あの頃の私が穏やかに過ごすために続けていたことを書いてみます。

目次

食事は「頑張る」より「続けられる」を選ぶ

まず食べ物ですが、

更年期に限らず心身ともに健やかに暮らすためには体に入れるものは大切だと思うので手作りを心がけています。

手作りって言ってもシンプルに蒸したり素材の味を楽しんだりしてるだけ

シンプル化は年々進んできていますが、これも一人暮らしで気ままに食べられる期間だからできること。

今後夫が帰ってきたら、その時はまた食生活を新たに見直す時だと考えています。何事も一方の意見を押し付けるのはよくないだろうし。

それでもたまに普段行かないスーパーなどで気分が上がり、お惣菜を買って楽しむこともあります。たまのご褒美ということで。

でも薄味、それも超が付くほどの薄味生活を続けていると、当然の事ながら何を食べても味は濃く感じます。体のむくみも如実に感じるようになります。

美味しいから・楽だからという点だけでは思う存分楽しめなくなってきた、そんな年頃。

とはいえ、できる範囲で楽しむために塩麹や醤油麹で味付けをしたり、塩味の物足りなさは薬味やスパイスで補ったりして。ハーブが入った低塩調味料もなかなかナイス。

これまで気持ち的には「ハーブ♪素敵♪おしゃれ♪」だったけど、実際に使ってみると「うーん、好きじゃない…」という、新しいものは受け入れられないタイプでしたが、目先が変わってこれもいいなぁと思えるこの頃です。

体に良いものをあれこれ…とは思っていますが、私は新しいことにチャレンジすることがあまり好みではない性格のよう。

半面、同じ味付け・同じ食材を繰り返して食べるのは苦ではないので、いつも同じシンプルな食べ方・味付けで食べています。

年間を通して使っている野菜は、キャベツ・小松菜・ミニトマト・きのこ類をベースにして、せいろを購入してからは簡単に蒸して食べることに飽きずに続けています。

蒸したての野菜は想像しているよりも甘くて本当に美味しくて(普通にスーパーで買った野菜です)、もちろんそのまま食べてもいいし、メインのおかずの塩気を利用して味付けをしていない野菜を食べる…という感じ。

例えばある日の夕飯は…
・キャベツ・玉ねぎ・小松菜・人参・しめじのせいろ蒸し
・まいわしの油漬けに甘酢につけたスライス玉ねぎ乗せ
・冷ややっこ
・冷凍枝豆

という感じ。野菜はこれが定番で、あとはあるものを追加で蒸します。

まいわしですが、いわしには謎の抵抗感があって敬遠していたのですが、鯖缶に飽きて恐る恐る食べてみたところ美味しくてびっくり!

今はこのいわしの缶詰を常にキープしてある状態です。災害時の食にもなるので、いろいろな意味でストックがあると安心。

以前は頻繁に作り置きをしていましたが、今はその時食べるものを多めに作って翌日の夜も食べたり、お弁当に入れたりする程度です。

作り置きするのが面倒になってきた・しんどくなってきたということもありますが、今の自分の気持ちとしては「冷蔵庫の中がさっぱりしているくらいが心地いい」という感じ。

そのうちまた「冷蔵庫の中が作り置きたくさんで壮観!」と感じる日が来るのかもしれませんが。

それから、更年期以降気をつけているのはカルシウム摂取でしょうか。

今のところ検査では問題がありませんが、やはり骨粗しょう症には以前に比べてかなり気を遣うようになりました。

夕飯に小松菜を必ず摂るのもそれが理由。あとはおやつに低脂肪・無糖のヨーグルトに、キウイやブルーベリーを入れて食べています。

そして最近は積極的に冷凍野菜も取り入れています。

以前なら「冷凍なんて」と頭ごなしに拒否していましたが、一人で暮らしていると余らせることも多いので、傷みやすいものは割り切って冷凍を購入しています。

あれこれ試したところ、

うーん、これはちょっと…

というものもあるので、冷凍ブロッコリー・冷凍枝豆が今の定番です。

その他、キャベツやカボチャ等、買ったはいいけど使いきれないかも…と思ったら使いやすくカットして自宅冷凍しています。お味噌汁に入れることが多いです。

食事は一日三食、それがずっと続くもの。しんどくなったら苦しいだけです。

体力があって気力に満ちている時ならいいけれど、そうばかりじゃないことも多いお年頃。

投げ出さないために、長く続けていけるためにも、自分なりのルールを作ることが更年期を乗り切るのに大切だと感じています。

運動はできる範囲で、でも良いリフレッシュになることは間違いなし

そもそも運動はそんなに好きではありませんでした。

学生時代は部活で、社会人になってからはテニスをしたりもしていましたが、進んで体を動かそう!というタイプではありませんでした。

そんな私でも、ダイエットをするとなれば真っ先に頭に浮かぶのは運動だし、食事を削って目的に向かって励んでいたこともありました。

でも更年期と呼ばれる頃になると、どんなに運動をしても、どんなに食事に気を付けても体重が減らなくなりました。

ダイエットが目的だけでなくても、心身を整えるのは運動が大事なのだなぁと痛感しているこの頃です。

心が鬱々しても、散歩に出かけるとスッキリするという経験を何度もしました。

ただ、本当に鬱々している時には散歩に行く気力すらないのは当然の事。そんなときは思い切って家に閉じこもっています。そちらの方が本来の私でもあるので。

とにかく更年期に入ってから、特に更年期の後期に入った頃は、人生で一番運動をしたのでは?と思っています。

雨の日は家の中でもできるスロージョギングをメインに、晴れて湿度が低い日なら太陽の光を浴びに散歩に出かけるのも気分転換に効果がありました。

体力・気力共に落ちないように気をつけています。

更年期と聞いて浮かぶ症状で代表的なのはホットフラッシュでしょうか。

更年期に入る前はそれってどんな感じなのだろうと思っていましたが、結局経験しないままにここまできました。

更年期の症状は本当に人それぞれで、私の場合はメンタルに影響が出ました。これは推測ですが、その人が元来弱い部分がクローズアップされるのでは?と感じています。

いずれにせよ、無理に運動をしよう!しなきゃ!は禁物です。振りかえってみれば更年期は山もあれば谷もありました。

そんな自分の体調の波をうまくとらえて、自分にあった対応をするのが更年期に寄り添った過ごし方かもしれません。

散歩は運動ではなく、私にとっての瞑想だった

先ほども触れたように、更年期と言えば有名なホットフラッシュがなかったかわりに、私の場合は深く落ち込んだり気分がふさいだりすることが多くなりました。

ただこのことに気づいたのはずいぶん後のことで、そもそも私は昔から物事をネガティブにとらえがちな性格なので気づきにくかったようです。


結果から言えば、どうやら私の更年期の症状は、心に大きく表れるタイプだったようです。

・急にふさぎ込んだり
・自分の存在の意味を否定したり
・殻にこもって心を固く閉ざしてみたり

こんな状態が更年期をはさんだ、前後合わせて10年くらいはいつもそんな波に揺られて過ごしてきたような気がします。

当時は自分も辛かったけど、家族に対して優しく接することができなかったのは本当に苦しかった。

それがこれが自分の更年期の症状なのだと理解できたのはずいぶん後半になってから。

それからはずいぶんと楽になりましたが、後悔は残っています。

幸いなことに、主人も息子たちも理解があったおかげで、そのことで責められることはありませんでした。

その代わり一番の敵は自分で、いつも自分を責めていました

「専業主婦なのだからこうでなければいけない」

「専業主婦なのだからある程度の事は我慢しなきゃいけない」

更年期がこういう考えに拍車をかけ、がんじがらめになって本当の気持ちはいつも心の奥底にしまい込んできました。

でもそんなゆがんだ考えはそう長くは続きません。

結局どうなったかといえば、なんかそれらすべてがもう鬱陶しくなってしまって。1人暮らしになって数年、もういろいろいいかな、と。

そんな時、散歩の途中で、ぽんっと浮かんだ言葉があります。

これからは自分の気持ちに寄り添って生きていこう

それは更年期を経て出た答えというより、これからの人生の答えだったのかもしれません

これが、散歩って私にとっては瞑想の時間だなと思う理由です。

瞑想のやり方って、あぐらを組んだり呼吸を整えたりとやり方はいろいろありますが、これまで何度も挑戦したけれど雑念が邪魔をしてできませんでした。

でも散歩をしていると

  • 足を運ぶ一定のリズムで心がどんどん静かになって、
  • 過去のいろいろなことが浮かんでは浄化されていくのを感じて、

自分にとっては散歩こそが瞑想だったのだと気づいたのです。

運動のための散歩だと思うと続かなかったけれど、自分と向き合う時間と思うとまた違ってきます。

そこに「読書」ならぬ「耳読(オーディブル)」をトッピングしたおかげで、私の瞑想散歩タイムはさらにパワーアップした感じです。

それでもどうしてもつらい日は漢方にも頼る

それでもどうしても辛い時は、市販の漢方薬に頼ったりもしてました。

昔、妊娠中に処方していただいた漢方薬が、自分の「証(しょう)」にあったようで、その後ぐんぐん調子が良くなったという経験以来、信頼を置いています。

その頃は、ささいな事が気になったり、胸のつかえがあり、買おうと思っていたのはこちらでした。


でも購入前にセルフチェックをしてみたところこちらをおススメされました。

セルフチェックサイト⇒https://www.kracie.co.jp/ph/k-therapy/karadakagami/

私の場合、気持ちの問題が大きいのか、わりと効果が出る気がします。

服用する、ということが大事で、飲んだことによって安心するのかもしれません。

そんなことも含めて、自分を知っておくというのは大切ですね。

追記・60代になって気づいたこと|変化の時は誰でも不安になるのは当たり前の事

この記事を書いた頃の年齢から考えると私は「更年期後期」と言われる時期だと思われます。

そして、出口が遠くであれど見えてきたことで、更年期のとらえ方が私にしてはずいぶんとおおらかになってきた気がします。

私がイメージする更年期・それ以降のイメージは

「サナギから蝶」

赤ちゃんだってこの世に生まれてから出会うことは初めてばかり。

言葉には出せなくてただただ泣いて訴えることしかできなかったけれど、小さいながらも変化に戸惑い、声をあげていたのですよね。

私たちだって同じ。

これまでの人生しか知らないから不安なだけ。

きっとこれからの人生も楽しいはず、そうは思っても先のことはわからないから戸惑い、恐怖すら感じていたのです。赤ちゃんのように大声で泣けるならどんなに楽なことか。

重い荷物をドサッと一気に下ろせれば楽でしょうが、残念ながらそうはいきませんでした。

それでも、薄い衣を一枚一枚脱いでいって、気づけば「人生後半を生きる体」に生まれ変わっていました。

そしてそれは、重い鉛のような上着を脱いだだけではないのです。

新しい自分としての装備を身に着けた自分、です。

こうして振り返ってみても、更年期は決して楽な時間ではありませんでした。

でも自分の体や心の声を聞くきっかけを与えてくれた時期でもあったように思います。

これまで拒絶していたことを、いつの間にか受け入れられるように変化していました。

これまでのやり方が通用しなくなったからこそ、新しい自分との付き合い方を覚えていく。

更年期とはそんな時間だったのかもしれません。

これから先も体は少しずつ変わっていくのでしょう。

でもその変化を恐れるのではなく、

面白がって、平気で生きる。

そんな気持ちで、これからも自分と付き合っていこうと思っています。

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この記事を書いた人

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60代。
子どもたちは独立、夫は単身赴任。
更年期や空の巣症候群を経て、人生後半を試行錯誤しています。
面白がって、平気で生きる練習中。

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