泣くことを恐れない、寂しい気持ちを隠さない

泣くことを恐れない、寂しい気持ちを隠さない
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社会人の息子が突然帰省してきました。

長男はいつも突然やって来る😅
でもまぁ、それもまた楽しいけれど。

以前動画でも言ったような気がするけれど、次男に会うと別れがとても苦しいのに、長男に会った後はなぜかとても元気になる。

兄弟とは言えども性格が違う二人。私の感じ方も違うのでしょう。

ただ今回ばかりは長男が帰ったあと、無性に喪失感に苦しめられました。

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置いていかれることに慣れない私

夫が単身赴任になり、長男が大学進学で家を出て、次男が大学進学で家を出て。

それぞれが時々帰省してくれるけれど、最後はいつも見送る側の私。

みんな気配だけを残して去っていき、残された私は実態のない濃厚な気配だけの中に取り残される…

それがどんなに苦しいか😢

何度も何度も繰り返して、少しは慣れてきたかと思うとそうでもなくて、毎回毎回苦しい気持ちになるのは本当に不毛だと我ながら思う…

そして残念ながら、未だ解決策は見出せないでいます。

泣いたら心が軽くなった

苦しい事を直視するのは辛い事。

そのせいか私は、家族が去って行ったあとなるべく心を無にして過ごしてきました。

辛い ⇒考えない
苦しい ⇒考えない
寂しい ⇒考えない

考えない考えない考えない、無無無…

それはある意味、自分を守る私に合っている唯一の方法でした。

悲しみには目を背ける。そして時間が過ぎるのをただただじっと待つ。

真っ暗なドロドロとした沼の底で身をかがめてじっと。

そうするといつの間にかまたいつもの1人の生活に戻れ、家族が使っていたコップや寝具や、部屋に入っても悲しい気持ちにならない。

そうやって沼に蓋をしてきました。

今回も長男が帰って行ったあと、時間が過ぎるのを待つために寝具を片付けたり部屋の掃除をしないで時が過ぎるのを待ちました。

でも今回はなぜか、何をしていても楽しく過ごしたここ数日を思い出してしまって…

そういう時に浮かぶ感情、それは

みんな、ずるい

およそ母親の言う言葉ではないと我ながら思うけれど、実際思うのは「みんなずるいよね」という感情。

私を1人置いていって、ずるい。
みんな楽しい場所に帰って行って、ずるい。
お母さん寂しいだろうなと思わないのかな、ずるい。

仕方がないのでこの感情を口に出してみました。

すると、ドドドドドドドドドッと流れ出た涙。

あぁぁ、私大分病んでる😅

そして不思議なことに、涙が出たらその分感情が軽くなった!

そうか、苦しかったり寂しかったりしたら、泣けばいいんだ。

ただ経験上、泣くのが辛い事もわかっているので、自然と感情に蓋をする事を覚えてしまったのでしょう。

泣くのにも体力がいるという事を知るこの頃。

どっちがいいのか…わからないけれど、でも負の感情は出した方が良いに決まってる!

よし、これからは泣くぞ。

帰る場所は実家ではなくなったのだ

実家って、帰る場所でしょう?

もちろんそうなのだけど、そうでもないと言えるかも。

いや、正しくは「そうではなくなってきた」というか?

時間が経てば経てつほど、彼らにとって帰る場所は「自分の家」になってきているんだろうなぁ。

自分はどう?実家って、帰る場所?

もちろん年齢やその時の立場にもよるだろうけれど、今の私にとって実家は「自分が後悔しないために親の顔を定期的に見に行く場所」になってる!

うちの子供たちにとって、実家は、私はまだそういう対象ではないだろうけれど、

「あ~、やっぱり実家っていいなぁ!」

と思う場所ではなくなってる気がする…

まぁ、仕方ないか。

じゃぁどうする? 私はどうしたらいい?

結論・私は私

今さらだけど、それに尽きる。

私は子離れが出来な過ぎてる、それはわかってる。子供たちが好き過ぎた。

でも今は、「放っておかれることを恨めしがってる」になってないだろうか…?

あぁぁ、恐ろしい。

子供たちにとってそれだけは避けたい。なぜなら、私は子供たちが大好きだから。

じゃぁどうしたらいい?

・寂しかったら泣く
・苦しかったら心の中で思わずに口に出す
・子供たちの成長を喜びに変換する
・私は私

思いつくのはこんなところ。

随時追加していこう…

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