スレッズで、俳人の正木ゆう子さんが朝ウォーキングをする理由として、こんな言葉が紹介されていました。
「午前9時を過ぎたら世の中は普通になっちゃうから」
それを読んで、ハッとしました。
健康のためなら、家の中でも足りるはずなのに
いつの頃からでしょうか、朝のウォーキングの習慣は、私の生活にすっかり定着しました。
最初はダイエット目的で毎日1万歩を目標にしていたのが始まりでしたが、自分の身の丈・生活に合ったスタイルを模索していくうちに、今のルーティンに落ち着きました。
今はダイエットのためというよりも、健康で暮らしていけるために、という方が近いでしょうか。
とはいえ、冬は寒いし春は花粉、夏は暑くて命に関わる。
私は「ホームフィットネス24」の会員なので、様々な運動の動画が、家の中で出来る仕組みが作ってあります。
だから、外に出るのが億劫で家でトレーニングすればいいだけの事。
実際そうしていた時期は長くありました。
でもある時ふと外に歩きに出た時に
あぁ、これだよこれ!
と感じたのです。
5時台でなければ、楽しくない
毎日ウォーキングに出かける時間は朝5時台。
5時台に家を出て、戻るころには6時台になっていますが、5時台に出発する、という事がとても重要。
たまに、少し寝坊して準備をしているうちに6時台になってしまう事もあります。
そうすると、途端に行きたくなくなるのです。
なぜなら楽しくないから。
休日くらいは少しのんびり起き、家の用事を済ませて出発が8時とか9時とかになる事もありますが、楽しくないのです。
わずかな出発時間の差によって、こんなにも楽しくなくなる理由が、長い間言語化できないでいました。
でも、
午前9時を過ぎたら世の中は普通になっちゃうから
という言葉が、すーっと腑に落ちたのです。
5時台であれば、車の量もまだまばら。
車が来ないので横断歩道で待つ必要もありません。世界はツルツルと進んでいきます。
季節によっては、歩いているうちに陽が昇ってきます。
その光に照らされた美しい世界。
空気も光も風も木々も花も鳥も、すべてが美しい。
5時台にしか見る事のできない価値があるのです。
毎年同じ場所に咲く菊
歩く道は昔からほぼ変わっていません。
必ず通るところに、個人の小さな畑の縁に植えられた菊があります。
年月も経っているのでしょう、大きな株になり隣同士の菊とくっついて、まるで菊の生垣のようになって、毎年同じ場所で咲いています。
1年を通してそこを通り過ぎていても、菊が咲いていない季節は、そこにある事すら気づかずに通り過ぎてしまいます。
でも夏が終わり、秋が始まるころになると、小さなつぼみが無数につきます。
torico点々恐怖症の人は苦手だろうなぁ、ふふふっ
と思いながら通り過ぎます。
そして、ベッドから出るのが辛くなってきたなぁと思う頃になると、そのつぼみが一斉に咲きだします。
朝露に湿った菊の匂い
正直、菊の匂いをいいと思うのは、後にも先にもこの季節だけ。
他にいい香りだなと思う花はたくさんあるから。
でもこの季節だけは、菊の匂いが体にしみるような、なぜかそんな気がするのです。
この時、もし車が通ったらどうでしょう。
きっと、繊細な菊の匂いは嗅ぎ取れない。
だから、菊の匂いを存分に楽しむには、車通りが少ない早朝である事が大事。
朝露にほのかに湿った菊の匂いが最高なのです。
こういう楽しみが、ウォーキングにはあるのです。
世の中が普通になる前に
言葉で表現できなくてもどかしい事が、私にはたくさんあります。
朝5時台でなければウォーキングをしたくない、それも自分の事ながら理由が分からない事の一つでした。
正木さんの言葉で、居心地の良い場所に着地できた気がします。
だから私はこれからも、いつもとは違う世界を見に、5時台に出かけます。






