夫が新しい赴任先へと異動を済ませました。
家族を見送ってきた私ですが、は大きな「心の転換」をしたので、そのことについて書いてみます。
私を突き動かした強い気持ちに至るまでの心の変化
夫が最初に単身赴任になってから10年たちました。今回で赴任地は3度目になります。
これまでは距離的に2週間に一度は帰って来られていたし、10年前にはまだ家に息子たちがいました。
だから当初は今ほどの不安はなかったし、そもそも

二人の子供が巣立つ頃には夫も戻ってくるだろう
と、軽く見ている部分もありました。
結局のところ予想は大きくはずれ、気づけば10年、そして現在の立場から考えると、すぐに戻って来られるということは考えにくい事実だとわかります。
賑やかな食卓、山のような洗濯物、小言を言い合いながらも過ぎていく日常。
子育て真っ最中のころは、先輩方の「今の生活がそのうち懐かしくなるよ」という声がピンとこず、むしろ「一人の時間が欲しい」とすら思っていました。
今振り返ると、先輩方の言葉の重みを身に沁みて感じ、あの賑やかでかけがえのない時間を「無駄にしていたなぁ」と今更ながら思う毎日。
そして気づけば、この広い…とは言えない一般的な一軒家に、かつては賑やかだった家の中に、一人残されていました。
世間でいう「空の巣症候群」という言葉が、まさにその時の私そのものでした。
住んでいる地域は交通の便も悪く、生活には車が必要不可欠な田舎です。
もし何か困ったことが起きたらどうしよう
自分に何か起こったら誰に助けを求めたらいいんだろう
そんな漠然とした不安が、今回の遠方への異動が決まった日から、ずっと胸の奥にありました。
旅立ちの朝、玄関で夫の背中を見送ったあと、閉まったドアを見つめていたら、自然と涙がこぼれてきました。
「ああ、普段は強がっているけど私、やっぱり寂しいのかな」
最初はそう思いました。
でも、頬を伝う涙を拭ったとき、胸の奥からせり上がってきたのは、予想もしなかった強い感情でした。
それは、「怒り」だったのです。
強い怒りは意外なことにモチベーションに繋がった
どうして私は、いつも見送るばかりなの?
なぜ私ばかりが『見送る側』なの?
どうして私だけが、この不便な場所で、一人きりの寂しさを引き受けなきゃいけないの?
溢れ出してきたのは、これまで「妻だから」「母だから」と飲み込んできた不公平感でした。
夫は新しい土地で、新しい生活を始める。
息子たちも自分の人生を謳歌している。
なのに私は、親の介護という現実を背負い、この家を離れることもできない。
「寂しい生活は、もう嫌」
「みんなが帰ったあとの、あの虚しい気持ちはもうたくさん!」
そう思うと不思議と涙は止まり、代わりに猛烈な怒りのエネルギーが身体中に満ちていくのが分かりました。
ではこのやり場のない怒りを、どこへぶつければいいのか。
夫に電話で怒鳴る?
息子たちに愚痴をこぼす?
…いいえ、そんなことはしたくない。そうじゃない。
その時、視界に入ったのは、クローゼットからはみ出しそうな「いつか着るかもしれない」夫の服や
息子たちが帰省した時のためにと取っておいた、もう何年も使っていない古い布団でした。
「これだ」
私は、迷わず特大のゴミ袋を引っ張り出しました。
怒りの「捨て活」、スタート!
これまでの私は、いわゆる「捨てられない女」でした。
「これは夫との思い出があるから」
「これは子供たちが小さかった頃の…」
そんな「思い出」という美しい言い訳を使って、執着を溜め込んでいたんです。
でも、今の私を突き動かしているのは、そんな湿っぽい感情ではありませんでした。
「捨てちゃう。もうみんな捨てちゃう」
夫が「もう着ないけど、一応取っておいて」と言っていた、10年前のヨレヨレのポロシャツ。
――はい、ゴミ袋へ。
息子たちが帰省した時に……と取っておいた、タオルや古い雑誌。
――はい、さようなら。
不思議なことに、一枚、また一枚と袋に詰め込んでいくたびに、ためらう気持ちがどんどん取れていくのが分かりました。
「私はもう、誰かのために場所を空けて待っているだけの人じゃない」
モノを捨てるという行為は、自分を縛り付けていた「役割」を脱ぎ捨てていく作業のようでした。
自分の服を捨てて、見えてきた「本当の私」
勢いは止まりません。
夫や子供のモノが終わる頃には、私のクローゼットにも手が伸びていました。
「いつか素敵な場所に行く時に」と取っておいた、今はもうサイズも好みも合わないワンピース。
「高かったから」という理由だけで残していた、重たくて肩が凝るコート。
これまであんなに躊躇していたのが嘘のように、片っ端から処分していきました。
あんなに「思い出込み」で捨てられなかったのに、その原動力が、まさか「怒り」だったなんて。
自分でも可笑しくなりました。
悲しみで震えていたはずの私が、数時間後には汗をかきながら、ゴミ袋の山を前にしている。
怒りという負のエネルギーが、これほどまでに建設的なパワーに変わるなんて、これまで経験したことのない、初めて知った発見でした。
軽やかになった家と、私のこれから
気づけば、家の中は驚くほどスッキリしていました。
モノがなくなった空間には、外からの光がこれまで以上に明るく差し込んでいるように感じます。
けれど、パンパンに詰まったゴミ袋を玄関に出したとき、私は確かに思いました。
「私は、私自身で、この家を育てていくんだ」と。
見送るばかりの人生だと思っていたけれど、余計なモノを削ぎ落とした今、私の前には広々とした「自分の時間」が広がっています。
夫や息子たちの「残像」に囲まれて暮らすのではなく、今の私が心地よいと思うものだけに囲まれて暮らす。
60歳。人生の第3コーナー。
まさかの「怒り」がきっかけで始まった私の新しい生活は、意外にも爽やかな風と共に幕を開けました。
これからは、自分を一番に。
さぁ次はどこの「扉」を開けましょうか。
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