手汗がひどくて、手をつなぐのを避け続けてきた私の話です。
「自分の手」についての最初の記憶は、小学生の下校時のことです。
一緒に帰っていた友達に
「私、手の皮がペロンって全部剥けちゃうんだよ」
と話したこと。
手の皮が剥ける、それだけできっと聞いた相手は驚いたと思います。
それなのに、私は「ペロンと」と、何でもない事のように話し始める。
〇〇ちゃんは驚いたり怖がったりするようなことでも、私は何とも思わないし、むしろ面白おかしく話せちゃうんだよ
その頃の私は、自分がまるで特別の人間のような、選ばれた人間であるかのように、嬉々として話していたような気がします。
「手の皮ペロン」は、季節の変わり目ごとに、その後何年か続きました。
そして、ぱったりなくなった代わりに、その後私の性格すらも変えることになった、手の汗に苦しむ日々が始まったのです。
手汗でフォークダンスで手をつなぐのがつらかった
手に汗をかくということが、辛い記憶として残り始めたのは中学生の頃。
いろいろなことが気になる年頃ですが、手に汗をかく手掌多汗症というのは、私にとってかなり大きなウィークポイントだったと思います。
相手が女子であろうが男子であろうが、緊張していようがリラックスしていようが、笑っていようが泣いていようが、手汗は時間も感情も関係ありませんでした。
60歳になった今もそれは変わっていませんが、振り返ってみてもやはり学生時代にはつらい記憶しかありません。
令和の今はどうなのかわかりませんが、私が中学高校の昭和では、フォークダンスは必ず男子とペアを組まされました。
ペアはランダムに決まるし、オクラホマミキサーではペアを組む相手が次々に変わっていきます。
ペアが変わる瞬間に両手をゴシゴシとハーフパンツでこすって手汗をふき取りますが、当然の事ながら私の手汗のレベルでは意味がないのも当然。
私の手の汗の存在を、私が当時もっとも隠していたかった恐ろしい存在を、ペアが変わるごとに知っていくはめになります。
中には踊り終わって手を放す瞬間に
気持ち悪~
という男子もいました。
当然です。気持ち悪いです、自分でも。私を産んだ母までもそう言っていましたから。
恥ずかしさで余計に手汗をかき、悲しさに惨めになり。
苦肉の策として、男子と手をつなぐ際に
緊張しちゃうな…
などとつぶやいたりして。
そんな経験を何度も何度も繰り返し、最後の頃には「相手とがっちり手をつながずに、指先だけ触れる」という裏技?のようなテクニックを使いつつ、
男子と手をつなぐなんて、ウザ
というようなクールな態度をとっていました。
手をつなごうとする人の手を、振り払っていた
でもこうしてクールな態度を気取ることで、手汗を知られなくて済む場面も増えてきました。
皮肉なものです。
例えば恋人に対して、相手が手をつないで来ようとするものなら、
やめてよ、みっともない
などとクールで強気な女性を気取っていました。
言葉だけでなく、相手の手を振り払うような態度までとっていたので、心証はかなり悪かったことでしょう。
でもそれは当時私ができる最低限の身の守り方だったのです。
でも付き合った人はみな、「手汗なんて関係ないよ」と言ってくれる人ばかりでしたが…
例え相手が「大丈夫」「気にしてない」と言ってくれたところで、私にとっては恥で辛くて人に見せたくない・知られたくない秘密中の秘密の話。
そのことでいずれ相手が離れていくのでは…という恐怖にも近い感情は、常にそばにありました。
幼稚園の運動会で、また手をつなぐことに
そんな苦しい学生時代や恋人時代を過ごし、子供も産まれ、やっと私の手汗人生は息をつける気がしていました。
出産前は
子供に「お母さんの手、濡れてて気持ち悪い」と言われたらどうしよう
と不安に思っていましたが、子供の手は常に湿っているもの、この心配は無用でした。ちなみに、子供二人には手掌多汗症は遺伝していません。
でもホッとしていたのもつかの間、その日は突然やってきました。
それは子供の幼稚園の運動会でのこと。
フィナーレも近づき無事に終わることにテンションが上がった?のか、園長が突然拡声器で
お父さんもお母さんも、みんな園庭に集まって手をつないで
と言い出したのです。
え?今?また?あの生き恥を??
最初は輪に加わらずに逃げようと思っていたのですが、園児たちがみな親のところにかけていき園庭に引っ張り出したのです。
仕方なく輪に加わったものの、大人が手をつなぐことなんてしないだろう、と高を括っていたら、むしろ大人こそ積極的に手をつなぎだしたことには驚きでした。
そしてあぁ、40歳目前になり、私はまたしても自分の手の汗を他人に知られることとなったのです。
いえ、他人ならまだしも、「〇〇くん(ちゃん)のお父さん(お母さん)に手汗の秘密を知られてしまった」のだから、学生時代の頃と同じように恥ずかしかった…
この年齢になっても私はまだ、こんな悲しい経験を積まなきゃならないのか、トホホ…でした。
私の手の汗に気づいてもいなかった夫
夫は関西出身。就職で関東に来ました。
理系で長く設計畑にいた夫は、物事を感情というよりも数字で読み取る人。
感情を優先する私とは相反するタイプです。
夫との普段の生活では、「なんでこんなに気が利かないんだろう」「何度も繰り返し私の気持ちを説明しているのにどうしてわかってくれないんだろう」と不思議…を通り越して相性が悪いのではないか?と本気で考えてしまう人です。
ただ、私の手汗に関してだけは別でした。
私が最初にこの手の汗の悩みやこれまでのことを話をした時、夫の反応は「大丈夫」でも「気にしないで」でもありませんでした。
無。
無、だったのです。というか、そんなことすら考えたこともないような人でした。
私の手の汗のことも、私がそれについて延々と悩んできたことも、気づいてもいませんでした(笑)
時には夫にがっかり…というか、むしろがっかりすることの方が多い結婚生活ですが、気取らなくて済む、クールを演じなくて済むという、稀有な存在でもあったのです。
とんちんかんで空気が読めない、いとおしい系(?)の夫です(笑)
夫の考える、私の手汗の悩みについてですが、それも込みで私という人間、ということらしいです。
男性によっては、彼女と手をつなぎたいという人もいるだろうし、それによって苦しむ手汗女子もいるでしょう。
ただ夫はそれを望まなかった。
手をつなぐ=お互いが通じ合っている、手をつながない=通じ合ってない
という思考がゼロの人だったことは、私の手汗人生の救いでもありました。
長い間自分を装っている部分がありましたが、夫の前ではその重荷を一つ置くことが出来ました。
案外いる、手汗込みで自分を受け入れてくれる人が
手にかく大量の汗のせいで、誰にも言えず理解してもらえず(たいていは理解してもらえません。みんな同じだよ、と言われてがっかりするパターン)、人知れず苦しんでいる方もいると思います。
私は60歳を過ぎ、もうこうした突発的な「事件」に巻き込まれなくて済むようになりました。
時々
こちらに住所氏名を記入してください
と言われて、冷や汗をかきながら(手に汗を、だけど)記入することはありますが。
それもこれも、私の経験談としてこうして面白おかしく(?)書けるからオールOKでしょう。多分。
でも、私たちにとっては人に言いたくない・知られたくない手汗事情を、案外すんなりと受け入れる…というか、はなから考えてもいなかった!という人、実は結構いるのかもしれません。
手汗込みで受け入れてくれる。
そういう関係だって、ちゃんと、あります。
汗の対策や暮らしの工夫は、こちらの記事をどうぞ

