社会人になった長男が、また突然帰省してきました。
長男は昔から予告なくやって来ます。
「今から帰る」
そんな連絡が来たと思ったら、本当に帰ってくる。
振り回されているようでいて、実は少し嬉しい私です。
以前にも書いたことがありますが、不思議なことに私は息子たちへの感情が少し違います。
次男に会ったあとは別れがとても辛い。
一方で長男に会ったあとは、なぜか元気になることが多いのです。
兄弟でも性格はまったく違うし、私との関係性も違うのでしょう。
ところが今回は違いました。
長男が帰ったあと、久しぶりに大きな喪失感に襲われたのです。
置いていかれることに慣れない私
夫が単身赴任になり、長男が大学進学で家を出て、次男も大学進学で家を出ました。
それぞれが時々帰ってきてくれる。
でも最後はいつも私が見送る側です。
賑やかだった家は急に静かになり、みんなの気配だけが残る。
使ったコップ。
脱いだスリッパ。
何気なく置かれた荷物。
そういうものを見るたびに、
「あぁ、さっきまでここにいたんだな」
と思います。
そして、その気配だけが残る家に一人でいる時間が、私はどうにも苦手です。
何度も経験しているのに慣れません。
今回こそ大丈夫かなと思っても、やっぱり寂しい。
毎回同じことを繰り返している自分に、
「いい加減慣れればいいのに」
と思うこともあります。
でも慣れないものは慣れないのだから仕方ありません。
泣いたら少し楽になった
これまで私は、この苦しさをなるべく見ないようにしてきました。
寂しい。
苦しい。
辛い。
そう感じても考えない。
考えない。
考えない。
とにかく時間が過ぎるのを待つ。
そうしているうちに少しずつ日常が戻り、家族が使っていた部屋に入っても平気になる。
ずっとそんなふうにやってきました。
今回も同じように過ごそうと思っていました。
ところが何をしていても、帰省中の楽しかった時間ばかり思い出してしまうのです。
その時、ふと心に浮かんだ言葉がありました。
「みんな、ずるい」
我ながら子どもみたいな言葉です。
でも本当にそう思いました。
私を置いて帰っていって、ずるい。
それぞれの生活に戻っていって、ずるい。
お母さんが寂しいって思わないのかな、ずるい。
そんな感情を、思い切って口に出してみました。
すると突然、涙があふれてきたのです。
自分でも驚くほど。
そして不思議なことに、泣いたあと少し心が軽くなりました。
あぁ。
私は寂しかったんだ。
ただそれだけだったんだ。
泣くのは疲れます。
この年齢になると本当に体力がいります。
だから無意識のうちに感情に蓋をすることを覚えたのでしょう。
でも時には泣くことも必要なのかもしれません。
子どもたちには帰る場所ができた
昔、実家は「帰る場所」でした。
でも今の私にとって実家は少し意味が変わっています。
親の顔を見て安心したい場所。
そして何か起こった時に後悔しないために会いに行く場所。
そんな存在になりました。
たぶん子どもたちも同じなのでしょう。
彼らにはもう自分の暮らしがあり、自分の家があります。
帰る場所は少しずつ実家から自分の家へ移っている。
それは寂しいことだけれど、とても自然なことでもあります。
むしろそうなってくれたからこそ、安心できる部分もあります。
親としては複雑ですけれど。
結局、私は私
私はきっと子どもが好きすぎるのだと思います。
子離れが得意なタイプではありません。
それはもう認めます。
でも最近ふと思うのです。
寂しい気持ちがいつの間にか、
「放っておかれている」
という恨めしさに変わってしまったら嫌だな、と。
それだけは避けたい。
なぜなら私は今でも子どもたちが大好きだからです。
だから今のところの対策はこんな感じ。
・寂しかったら泣く
・苦しかったら口に出してみる
・子どもたちの成長を喜ぶ
・私は私の暮らしを楽しむ
完璧な解決策ではありません。
でも今の私には十分です。
子どもたちが巣立ったあとも、私の人生は続いていくのだから。
寂しい日は寂しいまま。
泣きたい日は泣きながら。
それでも少しずつ、自分の暮らしを育てていけたらいいなと思っています。


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