寂しさに蓋をしない日があってもいい|泣くことを恐れない

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寂しさに蓋をしない日があってもいい|泣くことを恐れない

先日、社会人の長男が突然帰省してきました。

とはいっても何か急用があるわけでなく、昔から長男は昔予告なくやって来ます。

「今から帰る」

そんな連絡が来たと思ったら、本当に帰ってくる。

たぶん長男は約束をしない方が気が楽なのでしょう。

そしてそんな私も、約束をしない気持ちだけは少し分かるのです。

目次

約束をしてしまうと苦しくて仕方なくなる

実は私も長男と同じ部分があります。

私も約束が苦手。もっと言えば、未来に心を縛られることが苦手だから。

中学生の頃の私の心の流れ

STEP

誰かと出かける約束をする

ノリで決まる

STEP

楽しみだな、…楽しみ…だな…

会話が続くか、盛り上がるかなど心配になる

STEP

…予定をキャンセルする電話がかかってこないかな…

まだ日にちあるから、予定がなくなるかもしれないし

私が中学生の頃の実家は、友人たちと違って特殊な地域で、簡単に集まることができない不便な場所にありました。

言い訳になってしまいますが、思春期の、友達が大事だったそんな時期ですら、気力・体力がついていけず、前日に予定をキャンセルすることが度々ありました。

当然のことながら、ともすれば「すぐに約束を破る人」と言われかねない危険なことだし、第一、友人に対しても失礼な話です。

今も時々ふと思い出して、「ひどいことをした」と自分を責める気持ちになることがあります。

そういう経験をしてきたからこそ、今では

行けば楽しくなる、来てよかったと思えるのは経験でわかってる

と過去の自分を信じて参加できるようになったし、

もしくはもう

最初から約束をしない

自分を守るためには必要と割り切ることも多いです。

これは自分の取扱い説明書のようなものでしょうか。

経験を重ねてきた今だからこそ、どうすればいいのかわかってきたとも言えます。

長男からもらえる底知れぬエネルギー

私には巣立った息子が二人いますが、面白いことに息子たちへの感情が少し違います。

次男に会ったあとは別れがとても辛い、でもその一方で長男に会ったあとは、なぜか元気になることが多いのです。

次男はやはり末っ子として、つい甘くなってしまうのはよくあることなのでしょう。

また、私をいつまでも慕ってくれる・頼りにしてくれることもあり、いまだに帰省してくれると嬉しい反面、帰っていく日が近づくと切なくなるのです。

それに対し長男は、子供のころから自立心が強く割とクールな子でした。甘えてくることはなく、考え方もさっぱりしているタイプ。

母としてはちと寂しかったというのが本音

自立してから親に何かを頼るでもなく(頼ってと言ってるのだけど)、一人で頑張っている長男。

口が悪いのが玉に瑕だけど、長男ゆえか心の奥の方には隠し切れない優しさがあり、頭の回転も速く雑学も詳しいので、話しているとすごく楽しいし、クヨクヨ悩んでいることが馬鹿らしい気持ちになってくるのです。

だから長男が帰った後は清々しい気持ちにすらなるし、「またね~!」と腕をブンブン振って見送れるます。

ところがなぜか今回は違いました。

長男が帰ったあと、久しぶりに大きな喪失感に襲われたのです。

この虚しさは、長男が大学進学のために家を出たとき、それ以来。

太陽のような強い存在だった分、その反動は想像を超えてきました。

置いていかれることにいつまで経っても慣れない私

夫が単身赴任になり、長男が大学進学で家を出て、次男も大学進学で家を出ました。

それぞれが時々帰ってきてくれる。

ありがたい。うれしい。

でも…最後に見送るのはいつも私。

さっきまで賑やかだった家の中は急に静かになり、誰もいないのに彼らの気配だけが残る。

使ったコップ。

脱いだスリッパ。

定位置ではない場所に置かれた物。

まだ温もりも残っていそうなそれらを見るたびに、苦しくなります。

そして、その気配がだんだん薄くなっていく中、次に誰かが来てくれるまで私はまたここで一人で待っていなければならない。待ち続けなければならない。

何度も何度も、何度も経験してきたのに慣れません。

今回こそ大丈夫かなと、今回こそは!と思っても、やっぱり自分に裏切られるのです。何度も何度も。

泣いて感情を吐き出したら少し楽になった

これまで私は、この苦しさをなるべく見ないようにしてきました。考えないように、目を合わせないようにしてきました。

  • 寂しい
  • 苦しい
  • 辛い
  • そんなこと感じてない
  • 何も考えない
  • 考えない
  • 考えない
  • とにかく時間が過ぎるのをじっと待つ

そうしているうちに少しずつ日常が戻り、家族が使っていた部屋に入っても平気になる。

ずっとそんなふうにしのいできました。

今回も同じようにするつもりでした。

ところが何をしていても、息子が帰省中の楽しかった時間ばかり思い出してしまうのです。

いつもなら長男からは元気をもらえる存在だったのに。

ふと口から出た言葉は「みんな、ずるい」。

我ながら子どもみたいな言葉です。でも本当にそう思ったのです。

私を置いて帰っていって、ずるい。

それぞれの生活に戻っていって、ずるい。

お母さんが寂しいって思わないのかな、ずるい。

これまでだったら蓋をしてきたそんな感情を、思い切って口に出してみました。

すると突然、涙があふれてきたのです。自分でも驚くほど。

そしてさらに不思議なことに、泣いたあとはほんの少しですが心が軽くなりました。

あぁ。やっとわかった。

私は寂しかったんだ。

ただそれだけだったんだ。

泣くのは疲れます。

笑っちゃうけど子供のころと比べてこの年齢になると泣くのは本当に体力がいります。頭痛もしてきます。

だからいつの間にか、自分を守るために無意識のうちに感情に蓋をすることを覚えたのでしょう。

でもこのことをきっかけに、時には泣くことも必要なのだと分かったのです。

子どもたちには帰る場所ができた、それは私の誇り

以前の私にとって実家は「帰る場所」でした。

でも今の私にとって実家は少し意味が変わっています。

親の顔を見て安心したい場所。

そして何か起こった時に後悔しないために会いに行く場所。

そんな存在になりました。

それはたぶん子どもたちも同じなのでしょう。

彼らにはもう自分の暮らしがあり、「帰る」という存在になってしまった彼らの家があります。

帰る場所は少しずつ実家から自分たちが今いる場所へ移っている。

それは寂しいことだけれど、自然なことでもあります。

むしろそうなってくれたからこそ、安心できる部分もあります。

そして彼らをそんな風に導きながら育てたのは、誰でもない私なのです

複雑な思いはこの際ちょっと横に置いておいて、彼らがしっかりと自立してくれたこと、それを私は子育てを通してやり遂げたのだと、少しは誇りに思ってもいいのかもしれません。

「私の取扱説明書」を片手に自分の人生を生きる

私はきっと子離れが得意なタイプではありません。それはもう認めなければなりません、残念ながら。

でも最近思うのです。

「寂しい」と思っていられるうちはまだいい、そんなことより気持ちがいつの間にか、

「放っておかれている」

という恨めしさに変わってしまったら嫌だな、と。

子供が巣立ってしまって恨めしい

私に気を遣ってくれなくて恨めしい

それだけは絶対避けたい。

寂しいと思う気持ちの間は「親」でいられるけれど、恨めしいと思ってしまったら「毒親」です。

私はずっと「親」でありたい。

なぜなら私は今でも子どもたちが大好きだからです。

だから家族に対する「自分のトリセツ」はこんな感じ。

自分のトリセツ
  • 寂しかったら泣く
  • 苦しかったら口に出してみる
  • 親離れは子供の成長、子育てが正しかった証
  • 私は私の暮らしを育てる

完璧な解決策ではありません。でも今の私には十分です。

子どもたちが巣立ったあとも、私の人生は続いていきます。

寂しい日は寂しいまま。

泣きたい日は泣きながら。

それでも少しずつ、自分の暮らしを育てていけたらいいなと思っています。

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この記事を書いた人

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60代。
子どもたちは独立、夫は単身赴任。
更年期や空の巣症候群を経て、人生後半を試行錯誤しています。
面白がって、平気で生きる練習中。

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